木内克と高村光太郎
高村光太郎先生訪問記
(鈴木政夫 石彫春秋)
木内 克 との出会い
(鈴木政夫 石彫春秋)
ヨーロッパ,その他日本を含めて,およそ傑作と名の付く彫刻には,一つの共通したある種の造形があるのである.
その何かを木内彫刻は持っているように思えた. これはたいへんな作家が日本にもいたものだ,この人を通過せずして何事もなし得ないな,とその時思ったほどであった.
およそ二ヶ月後に木内邸を尋ねることができたのである.
私が人生観を触発され,彫刻とは,芸術とは何か? という問いに一番答えてくれた先輩は,高村光太郎先生であった.高村先生の詩・詩論・芸術論・彫刻論・随筆などをむさぼるように読んだ.
高村先生の中からは,何一つ「彫刻」というものの具体性が出てこない.彫刻以前の「芸術」に対する考え方の原点のようなものを知らされたのであったが,どのような手だてで,どのような仕事をというようなことになると,まるで雲をつかむようなものであった.
それに引き換え,木内先生は,仕事で示しているようである.

 
木内先生がことば少なく, 行動という形で私に示されたことは何か,それは次のようなことである.

1 作家は自分の作品で勝負することだ.
2 売ろうと思うな. 売れそうな作品を作るな.まず自分の作品を作れ.
3 何よりも作家は作家でなくてはならないのだから,ガタガタいわず,一点でも二点でも 手を休めず作り続けろ.
4 売れなければ,人にくれてやれ. (鈴木政夫 石彫春秋)
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「私はこのままでは駄目になってしまいます.先生,彫刻とはいったいなんでしょうか. 彫刻とは人生にとって何なのでしょうか. 今の私には基礎となるものを何ひとつ持っていません. でも私の兄のような彫刻が,どうしても本当の彫刻とは思われません. すでに私は30才半ばの年齢です.今から彫刻などして,果たしてものになるでしょうか.」

「君は何を言っているのかね. 明治から今日まで,日本の彫刻家で,石の自由に叩けた彫刻家がいたというのかね. それに彫刻の仕事だけは身体が丈夫でなくては駄目だ.あのミケランジェロを見たまえ. それに君は何よりも彫刻を作りたいという情熱に燃えているではないか. ゆっくり ゆっくりやりたまえ.」
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