ishibori009012.jpg
「日本の石彫」  著者   鈴木政夫
           発行所 東峰書房
           発行   昭和44年10月20日
ishibori009011.jpg
 実のところ私は,この本を書くために今日まで石を叩き続けてきたのかも知れません.また石を叩きつづけて来たということがこの本を書かしめたのかも知れません.あるいはまたその両者かも知れません.いずれにしても石のことを一冊の本にしておこうということは,私の終戦以来の熱望でありました.
この「日本の石彫」は,私にとっては,今まで石を叩きつづけてきた,全生活の記録であるといっても,決して過言ではありません.

すでに私の父が亡くなってより,今年で20数年過ぎました.生前父は,決して私を理解しようとはしてくれませんでした.むしろ私の石を叩くことに反対しつづけたのであります.私にとって父は長いながい間,人生の敵でありました.
父がこの世にいなかったら,また父が石屋でなかったら,おそらく私は石を叩かなかったでありましょう.
                       1969年10月
                           鈴木政夫  (抜粋)
ishibori009010.jpg
生活環境が異る関係からわが国は,ほかの国より石彫がごく少ない.建築は,もとより仏像に至るまで「石」のものは外国に比べて全くさびしい.だが,ポピュラーな小品は,過去には相当つくられている.
 例えば,彫刻では,道祖神・墓碑・燈籠などどこへ行っても見られる.・・・・・・だがこうした石彫に対する関心は少なく,ほとんど深く追求した著書は少なかった.軽い趣味的な,随筆的なものはよく見られたが・・・ こんど著作した鈴木さんが研究した石彫は,全国的にまたがり,燈籠・庭園・五輪塔・墓石に至るまで,わが国の石彫の世界に大きく視野を向け,鋭く追及しての著書---鈴木さんは,石づくりの本場「岡崎」で生まれ,岡崎で育ち,若い頃から石ととり組み,石一筋に鍛え抜いた彫刻作家であり,ここにほかの作家の及ばないキメ細かさなどが流石にこの本の中によく浮き彫りされている.
                            木内 克
ishibori009009.jpg
東洋画においても量感の重んぜられた事は勿論で,王維の説く「山は八面を分かち,石に三方あり」の如きは正に此感覚の獲得を志したものに外ならない.  高村光太郎
「造形美論」

 セザンヌの言葉が思い出されるのである.
「自然は球と円錐と円筒から成り立っている」この言葉を基点として,近代絵画は立体派へと流れて行ったのである.

 王維とセザンヌの言葉が,いみじくも示すように,前者はそのものを一つの生きた自然と見ているのに対して,後者はそれを分解解体している.いずれも自然が論旨の中心になっていることは同じだけど,その自然への攻め方が全然違っているのである.
ishibori009008.jpg
ishibori009007.jpg
ishibori009006.jpg
ishibori009005.jpg
ishibori009004.jpg
ishibori009003.jpg
木内克と高村光太郎
ishibori009002.jpg
「木内克の言葉」著者
和田敏文氏 '92.7.7
ishibori009001.jpg
c40b1262.gif
c40b1263.gif
c40b1323.gif
c40b1261.gif