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「石彫人生捨てある記」   著者  鈴木政夫
           発行所   全日本美術新聞社
           発行    平成10年12月23日
T わが,石彫人生捨てある記
  私の石彫はどこからきたか
  縄文人の心で生きる
  私の油絵のこと
  創造・創作とはなにか
  地方美術館のこと
  情報化社会
  今日美術品はどのようにして
     金にしたらいいのか
  和泉式部の供養塔
  ふたたび「聖」のこと
  T氏の「石の匠」の本について 
  鳥のこと
  ヨーロッパ文化は日本の近代化
     に何をもたらしたか
  
石彫人生捨てある記  目次
俺はね,朝倉の娘の響子に石を教える手伝いを頼まれたことがあるの. 彼女が,石をやりたい,だれかお手伝いに来てくれる人はないだろうかと言い出した.木内先生に相談して,俺を行かせようということになった.
断ったが,とにかく一度会ってやつてくれと言うんで,行ったわけだ.
 一番いい応接間で響子は待つていた.「石をやりたいんですが,石のことはわからないので手伝っていただけませんか.」と言う.
「響子さん,手伝ってもらう前に,庭に転がっている石の中から,俺の言う石を下げてみてくれ,石がどれほど重いものかわかるから,」
彼女は出てこなかった.  「俺は帰るぜ.」とさつさと帰ってきた.                  (石彫人生捨てある記P127)


 
新樹会に五回出品した.会の大家に嫉妬されていじわるされたことがある.
その時の作品は  ひとつの作品の上にもうひとつ作品を重ねる造形だったけどね,会場に行くと上にのっけていたのが無くなっているの.
 聞くと A先生が見苦しいから取ってしまえと言ったというんだ,
                (わが石彫人生P143)
日本には油絵を入れる土壌はないのか,いや育たなかったのか.  ある時これは全く別次元から見ないことには駄目だなと気づいたのであった.

 拭き漆という技法があって,漆を塗っては乾かないうちに拭いて,又その上に塗る.これを何回も繰り返す. そうして出来た漆は,何とも云えぬ深みを感ずるのである.  これが油絵でできないか. ここから私の油絵が始まったということである.(石彫人生捨てある記 P59)
油絵のこと
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U 木内克の魅力は
    柔らかいテラコッタ
  ふれあう,ということ
  縄文人生への回帰
  
V 私からのひとこと  
       鈴木 みほ
  
   
 
    
  
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