芸術における教育のこと
 新しいヨーロッパの彫刻を導入してすでに100年,いまもって唯の一点も,日本の花崗岩で作った裸の彫刻がない.何が原因なのか.
 粘土だけの人では石はできないのか.石が解るまでには最低3,4年はかかる.石を知り,その上で彫刻を理解するということは日本の環境ではとても無理のようだ.

 私のところへ,石彫がしたいと来た人が15,6人いる.その中のある人は,20年近く付き合っているのだが,一向に彫刻らしいものが出来てこない. 私の所へ来た15,6人のうち一人として,彫刻らしいものを彫れるようになった者がいない.
 東京の美術大学彫刻科の学生に石の指導を頼まれて,一学期間その指導にあたったことがある.
私は忙しいし,ろくに石の叩けないものを相手に,東京まで行っている暇はないので, 原石と石道具を送っておいて, 「はじめに基本的なことを講義し教える,途中一回見る,最後に作品を見る」の三回は自分が行って行うが,後は 自分のところに二年ほどいたH君に任せるとのことで引き受けた.
 始めに,20人ほどの学生に「日本と西洋の石の歴史」「石彫りの技法」「石の性質と見方」を講義し,実演して見せた. 学生たちは石の上に座り,腰ひとつ揚げる奴はいなかった. 次回までに自分の作りたいものを考え,粘土で作っておくようにと話し,帰った.

 ほどなく二回目に大学を訪れた. 学生達は 何か粘土で作ったものを持ってくるかと期待したが,ほとんどは何を作ったでもなく,手ぶらで来た. こんなアホらに時間を使うのが馬鹿らしくなった.苦々しい想いで岡崎に帰った.
 最後に採点に来てくれというので,出かけた. 行ってみると,作業場に幾らか手を入れたとおもえるものが転がっていた.採点してくれとのことだが,「とても採点できるようなものはありません.」と言わざるえなかった.

 私は美大の中から,現代彫刻が生まれて来るとは,つゆ思わないが,石の彫刻が現代美術の中で根を張らないわけだとしみじみ思ったわけである.
             (わが石彫の風土 1980) (わが石彫人生P131 再)
 
 芸術をするのに,一体誰が教えることができるだろう. 芸術はその人その人の人生を,生きてきたことを,生きていることを,何かを通して証すことであるからである.
 何人かの青年が私を訪ねて来た. 大体二年ほどすると「何 これくらいのことは俺だってできるさ.」と出て行くのが多い. ある青年は長くいたので,私の偽物(イミテーション)が出来るようになり,またそれが売れたりして,いっぱしの作家になったように思った者がいた.これなどは私のミスで,申し訳ないことである.(石彫春秋) 
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注 H君 川上英樹 氏

注 K教授 木内 岬 氏
   武蔵美術大学
芸術における教育のこと 雑感
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