ishibori018014.jpg
 「わしも昔からフクロウを作ってきた」と鈴木政夫氏は言われる. 前ページで作品を取り上げてみたが,ここで鈴木政夫氏の石彫フクロウの流れを追いながら整理してみた.
ishibori018013.jpg
 フクロウの石彫りといえば,京都曼殊院の梟の蹲が知られている. また ここに浮き彫りされた「梟」がこれ以後の石彫フクロウの基本のようになった. 石彫でフクロウを彫る人は皆この形を継承した. 鈴木政夫氏も曼殊院の蹲のフクロウを写すことからフクロウ石彫に入っていった.(右上 テラコッタのフクロウ)
ishibori018012.jpg
ishibori018011.jpg
ishibori018010.jpg
京都曼殊院 梟蹲
梟 アップ
梟蹲 アップ
鈴木政夫 梟蹲
 鈴木政夫氏は師である木内克氏に「フクロウ石彫の参考にしたいから」とフクロウの彫刻作品(粘土作品)を求められた. 現在は木内克氏の粘土作品をテラコッタにした物だけが残っている. 下の作品である.
ishibori018009.jpg
ishibori018008.jpg
 左は猪名川町「彫刻の道」にある鈴木氏のフクロウである. 木内克氏の影響が如実に現れている.
またこれを野本氏が写して作ったことがある.
ishibori018007.jpg
 鈴木政夫氏は燈籠の玉の代わりにフクロウを使ってきた. 下がフクロウの燈籠である,アップすると右のようなフクロウである.
1992年 作品
本家
ishibori018006.jpg
ishibori018005.jpg
1995年 作品
木内克
テラコッタ
ishibori018004.jpg
1995年 作品
ishibori018003.jpg
おうる工房 福寿福郎
ishibori018002.jpg
 2004年8月17日 盆のお参りに鈴木政夫氏のお宅を訪問した. 政夫氏の息子さん夫婦が迎えてくださった. お参りは少しして,息子さん達と父上の思い出をいろいろとお話した. 生きていらっしゃる時も死なれた後も誰からも「良い人だった」という話はでてこないが, まさに偉大な人だったと思う. 息子さん達から貴重な話をうかがった.
鈴木政夫初期フクロウ
ishibori018001.jpg
c40b1262.gif
c40b1263.gif
c40b1323.gif
c40b1261.gif