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 路傍の石にけつまずいたかのように十五才の私がどういうわけか岡崎で石工の修行をするようになって一年後,画材店の勘定場に立てかけてあった数冊の立派な箱入り本が目に止まった. 「日本の石彫」鈴木政夫著との出会いでした.一ヶ月の手取り給料に近い高価なその本を買ってしまった.
 石屋修行の中でその本は私のバイブルでした.しかしすぐ近くでその人が制作活動しているのに決して会いに行くことはしませんでした.石のバイブルを読み日々作業習得の10代後期でした.
 経済高度成長期に入ったあのころ石屋も機械化されつくして,手仕事職人が端っこに追いやられていた.その時代に手仕事・石彫の真髄を鈴木政夫は目指していた.石工修行の苦痛に耐えていた私にはその事が希望の星として輝いて見えていた.
 しかし私は石彫を目指すことなく石工になって燈籠を作って金を稼ぎました.そうとう良いおもいをしましたが,数年後には何か心にむなしい風が吹き,鈴木政夫のように石彫に狂うような生き方にあこがれてしまい,稼ぎをやめて,彫刻・造形の勉強を目指し東京で3年ほど過ごしました.
 再び故郷三河にもどったころ鈴木政夫に初めて会ったことがありました.会って楽しい人じゃない事を実感しました.修行時代の私の師匠と同じ,偏屈で孤独で,やさしさや思いやりをすなおに表現できない人でした.
 
 石塊から量を殺ぎ落として生まれてくるギリギリの造形,鑿さばきの切れ味から現れる鑿切りの石肌美. まずこれからいくら時が過ぎても彼ほどの造型感覚と技能を併せ持つ具象石彫家は出現しないでしょう.しかしそれほどのことを極めた彼は死んでもその評価はそれほど上がっているとは思われません. しかし,それでいいのかもしれない. 最後の書 「民衆美論」に到達した人なのだから.
                                 (2003.2.20)
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石彫家 内藤文男(刈谷市在住)
経歴
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1952    6.20  生
1967    岡崎にて石工の修行.
1975    東京の美術研究所にて彫塑を学ぶ.
1979    岡崎琉球島石彫シンポジウム参加.
1990    (株) 石作工房 設立.
1993    浜松市都田テクノポリス修景彫刻制作.
1995   「カリヤ展」  銀座牧神画廊.
1997   「どうしても鉄塔にこだわる展」刈谷柴舟画廊
1997   「コンクリートの中の具象展」 長久手町象屋

2005    1.4  死去
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